いつもはもっと強そうに見えるあの子。


     本当はこんなにも小さかったんだ。









     ― 望んだモノ ―












     偶然だった。
     偶然、暇つぶしに散歩に出ていただけだった。
     偶然、小さな公園に通りかかったら、見たことのある後姿がベンチにあった。

     その肩が震えているように見えたから、声をかけようと思った。



     もし、もしもだけど。

     もしも、俺が通りかからなかったら?

     君は一人で泣いていた?




     「ほら、銀さんに言ってみ?」


     「・・・・・・・・・・・、今日、」



     人を斬ったんだ、と伝える彼の声は、やっぱり震えていた。
     本当は怖いのに、自分に嘘ついて。
     楽しいと思い込んでいたのに、忘れて、怖くなって。
     本当は、本当は涙が出そうになるほど怖かったのに。
     それでも、仕事だから。
     斬らなきゃいけないから。
     斬らなきゃ、一緒にいられないから。

     だから、怖いのに、斬ったんだと。



     「旦那・・・・・・」

     「・・・ん?」


     「死体って、見たことありますかィ?」


     唐突・・・・ではないかもしれない。


     「・・・ある、ねぇ」


     「じゃあ、」


     声はやっぱり震えているけど、
     それでも君は続けるんだね。



     「触ったこと、ありますかィ?」



     それは、死体を触ったことがあるか、でいいんだよね?



     「・・・ある」



     「・・・初めて死体を見たとき、あんまり実感が沸かなかったんでさァ」



     自分が斬った、死体なのに、と。

     「まるで、眠っているみたいで。殺した って思っても、死んだ って、思えなかった」

     「・・・うん」


     「だから、死体に触れて、それで・・・・」



     「体温なんて、温度なんて、なかった」



     だって、死んでるから。
     そう言った彼の目は、何処を見ているんだろう。


     「死んだら冷たくなる、なんて知ってたけど、でも、それは知識としてだけで、」


     そう、冷たくなる。そんなのはきっと誰だって知ってる。
     でも、実際に触れたら、なんか違う。



     「あんなに、氷みたいに冷たくなるなんて、思ってなくて、」


     「・・・・・・」




     「もう絶対に動くことも喋ることもないんだって分かって、怖かった・・・!」




     あまりにも彼が苦しそうな表情で言うから。
     今にも泣きそうな顔をするから。

     思わず、抱きしめてしまった。


     でも、多分、深い意味はない。
     ただどうしていいか分からなかったから。



     俺は、初めて死体を見たとき、どう思ったんだっけ?
     初めて触れたとき、どう感じたんだっけ?

     忘れてしまっている。

     彼はこんなに向き合っているのに。



     「・・・っ旦那ァ・・・・・・・」

     「・・・銀さんの胸貸してやっから、思う存分に泣きな」



     此処が人通りの少ないところで良かったと思う。
     だってこれなら、泣かせてやれるから。

     俺にはこれしか出来ないから。




     俺の腕の中で泣いてるのは沖田君だけど、

     本当は俺も泣きたくなった。


     ・・・・泣かない、けど。








     「沖田君」


     「・・・・・・?」




     「沖田君は、温かいから」


     「っ!」



     「動くし、喋るし、冷たくない」


     「・・・・・・・ぅ・・・・」




     きっと、怖いんだ。
     他人が死ぬのも、他人を殺すのも。
     でも、それだけじゃなくて。

     いつかは自分も、そんな風に死んでしまうのが。
     冷たくなってしまうのが。
     今、こうして俺といることも、いつかは出来なくなって。
     一緒にいたということが、消えてしまうのが。

     怖いんだろうな。




     「沖田君は、今、此処にいるから」


     「っうぅ・・・・」



     「今、生きてるから」


     「っ、うぁぁ・・・・・・・!」





     沖田君は、ずっと泣いてた。

     やっぱり俺も、泣きたかった。








     いつかは、この日があったという記憶も、全て無くなってしまうんだろう。




     俺や沖田君という存在も、全部。


     死んだら消える。









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   前回から間が空いたせいで変な話になった・・。
   私は銀さんと沖田に何を求めているんだ・・・?


   08.01.20